1956年(昭和31年)7月に発表された経済白書の副題は、
太平洋戦争後の日本の復興が終了したことを指して「
もはや『戦後』ではない」とつけられ
流行語にもなった(経済企画庁の調査課長であったエコノミストの
後藤誉之助が白書作成の指揮をとり副題も後藤が命名した。言葉の初出は
中野好夫が『
文藝春秋』1956年2月号に発表した「もはや『戦後』ではない」である)。
ちなみにこの「もはや〜」という言葉は、日本が復興期から脱して、高度成長という明るい未来を目の前にした状況を表現したものと誤解されることが多く、当時の経済企画庁の執筆者の意図とはまるで反対の意味として通用してしまっている。当時の「もはや〜」に込められた認識は今日的解釈とはむしろ正反対で、「今までは戦後復興ということで、成長の伸び白が多大にあったが、戦前の生産水準にまで回帰してしまった以上、この先、この成長をどうやって続けたらよいものだろうか」という、いささか困惑気味のものであった。結局、この心配は杞憂に終わり、「もはや〜」という言葉も今日的な意味で用いられることになるのだが、いつの世も、その場にいる人間にとっては、その時その時が常に正念場であるという逆説的な教訓を、この誤用ははらんでいると言える。